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青森地方裁判所 昭和31年(行)8号 判決

原告 杉本行雄

被告 青森県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三十年八月十六日青森県告示第七百三十五号を以てなした同県上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九十一番五十一号、同所同番五十二号、同所同番五十四号、同所同番五十五号山林の内合計三十町歩に対する造林地指定の取消処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、請求趣旨記載の山林百二十六町九反二十六歩(訴状に百六十九町一反一畝五歩とあるは誤記と認む)は原告が昭和二十九年八月十七日前所有者訴外上北農林株式会社よりこれを買受けその旨所有権移転登記を受け現に原告の所有に属するものであるが、被告は造林臨時措置法に基いて昭和三十年一月十一日同山林内に散在する伐採跡地合計三十町歩(以下本件山林と称す)を対象とし原告所有の字柳沢九十一番山林三十町歩につき造林計画を定めた旨県報に公告し、同法所定の縦覧の手続を経て同年三月十五日告示第二百五十四号(同日発行県報号外登載、尤も同告示においても本件山林を前同様字柳沢九十一番と表示してある。)を以て造林地指定の処分をなし、翌十六日附の通知書を以てその旨原告に通知があつたので、原告はただちに右造林計画に従い本件山林の内十五町歩に苗木を植栽し、昭和三十一年度には政府より補助金の交付を受けられることに決定していた。

二、しかるに、被告は昭和三十年十月二十日付普通郵便を以て本件土地は農地法の適用が継続中のものであり、同法の適正な運営を図るため開拓審議会の決定を尊重することとし、さきの造林地指定はこれを理由として昭和三十年八月十六日青森県告示第七百三十五号を以て取消したから通知する旨記載した通知書を発し、該書面は同月末原告に到達した。

三、しかしながら、原告は右山林の所有権取得後前記造林地指定までの間に未だ曽てこれに対する農地法による未墾地買収予定地の指定を受けたことがなく、開拓適地としての適地調査すら受けたことがない。況んや適正な開拓審議会の決定などあり得る筈がなく、右は全く被告が農地法適用継続中なりと強弁し、ありもしない開拓審議会の決定に藉口し、その権限を濫用して適法に成立したさきの造林地指定処分を不法に取消したものである。

よつて右告示第七百三十五号による取消処分の取消を求めたく本訴請求に及んだ旨陳述し、被告の主張に対し、

(イ)  右造林計画の公告並びに造林地指定の告示における字柳沢九十一番なる表示は原告所有の前記山林四筆を一括した略称であつて原告は通常これを右の如く単に字柳沢九十一番山林と呼称して居り、現に原告が造林臨時措置法により提出した伐採跡地等の報告書にもその伐採跡地が数筆に跨つて部分的に存在し一々これを指示することが困難であつたためもあつて詳細な図面を添附してその所在山林を一括単に字柳沢九十一番と記載して報告し、しかして右造林計画の樹立及びその指定は共に原告からの右報告書添附の図面に基き且つ現地を指示しての行為である。従つて右公示における山林の表示は本件山林を意味し、これを対象としたものであつて、その位置範囲も特定し被告主張のように内容不確定等の違法はない。

(ロ)  又造林地の指定がいわゆる公用制限であるといつてその指定に何等の瑕疵がないのに後に至り勝手にこれを取消し得る筋合のものではない。

(ハ)  本件山林並びに附近一帯の土地につき昭和二十九年一月二十六日農地法による未墾地買収予定地の指定があつたとの点は不知、仮にそのような事実があつたとしてもそれは昭和三十年一月二十八日同地に対する買収処分の取消と同時に全部取消されているから結局本件の造林地指定処分は適法である。

(ニ)  更に同年二月五日農地法第四十八条の指定があるとの主張もこれを争う、仮に主張のような指定の事実があつたとしても、それは前記の如く同年一月十一日造林計画を樹立公告し、確定した後の行為であつて同処分こそ造林臨時措置法第二十三条に違反する不当違法の処分である。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、原告主張の山林四筆につき登記簿上原告の所有名義に登記されていること、被告が主張の頃主張の如き造林計画樹立の公示をなし、その縦覧期間経過後主張の告示第二百五十四号を以て造林地の指定を公示しその旨原告に通知したこと、その後昭和三十年八月十六日主張の事由により告示第七百三十五号を県報に掲載して右の造林地指定処分を取消し主張の日その旨原告に通知したことは認めるが、右造林地の指定は昭和三十年三月二十六日であつて同年三月十五日ではない、(原告に対する通知書中右告示第二百五十四号を同月十五日附発行の県報号外に登載した旨並びに通知書の日附を同月十六日と記載したのはいずれも誤記)、又原告が右造林計画に従い本件山林の内十五町歩に苗木の植栽を完了し昭和三十一年度には補助金の交付が受けられることに決定していたとの点は不知、その余の原告主張事実はすべて否認する。しかして右造林計画並びに造林地指定の公示における字柳沢九十一番なる土地は土地台帳上は勿論土地登記簿上も存在しない土地であるからこれを対象とした造林地の指定は目的不能の行政行為である、又かかる公示を以てしては原告の本件山林に対する造林地指定の公示としての効力を生ぜしめることができないものと考える。仮に然らずとするも、右四筆の山林の公簿面における地積は、その九十一番五十一号は百九町二反八畝十歩、同第五十二号は十町四反四畝七歩同五十四号は三町三反三畝十七歩及び同五十五号は三町八反四畝二十二歩で、その実測面積は合計百五十町歩にも及び、その内三十町歩につき、しかもその範囲を明確にしないで指定したものであるからその内容は不確定である。のみならず、既に農地法による未墾地買収予定地として指定された土地に対しては造林臨時措置法による造林地の指定は法律上禁止されているものなるところ、本件山林は附近一帯の土地と共に未墾地買収予定地として昭和二十九年一月二十六日告示第五十六号を以て公示し、次で、同年五月当時の所有者上北農林株式会社に対し買収令書を交付したが買収期日までに代価の支払をしなかつた為右買収処分は失効し、更に同年九月十五日同会社宛改めて買収令書を送達したところ、既に所有者に変動があつたためこれを取消し且つ前の公示を確認する趣旨で昭和三十年二月五日再び農地法第四十八条の公示をした。従つて本件山林は農地法の適用継続中の土地であつてこれに対する造林地指定は誤つて行われたものである。それ故被告の本件造林地指定処分の取消しは正当であつて右取消には何等の瑕疵がない。なお造林地の指定はいわゆる公用制限であり、原告はその取消により所有権に対する制限負担が除去されるに過ぎないから、被告の右取消処分を非難する理由がないと述べた。(立証省略)

理由

原告主張の山林四筆(青森県上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九十一番五十一号、同所同番五十二号、同所同番五十四号、同所同番五十五号)が登記簿上原告の所有名義に登載されていることは当事者間に争なく、右争なき事実と成立に争ない甲第一ないし第四号証、同第六号証の各記載に弁論の全趣旨を綜合すると、右山林は原告が昭和二十九年八月十七日前所有者上北農林株式会社から買受けてその所有権を取得し現に原告の所有に属することが認められる。又、被告が昭和三十年一月十一日その対象土地を原告所有の同字九十一番山林の伐採跡地三十町歩につき造林計画を樹立した旨記載した造林計画樹立の公告をなし所定期間関係書類を縦覧に供し、次で青森県告示第二百五十四号(同告示を公示した年月日及びその方法の点を除く)を以て造林地指定の公告をなし、その頃その旨を原告に通知したこと、しかるに同年八月十六日に至り同山林は農地法による未墾地買収予定地として指定された土地であるとして同県告示第七百三十五号を以てさきの造林地指定処分を取消す旨県報に公告し、同年十月三十日附書面を以てその旨原告に通知したことはいずれも当事者間に争なく、成立に争ない乙第一号証の三によれば右の造林地指定は昭和三十年三月二十六日の県報に登載したものであることが認められる。(従つて原告に対する通知書中同月十五日附県報号外に登載した旨の記載並びに通知書を同十六日附として発したのはいずれも誤記であつたことが推認できる。)

そこで先ず右被告のなした造林計画の樹立ないし造林地の指定等が原告所有の前記山林四筆内に散在する伐採跡地合計三十町歩を対象として行われたものであるか否かの点を考察するに、成立に争のない甲第五、六号証同第十、十一号証に証人佐々木末四の証言を綜合すると、原告は昭和二十九年十一月十八日青森県古間木林務出張所に宛て原告所有の前記四筆の山林内に散在する伐採跡地合計三十町歩につきその位置範囲を図示した山林図を添附して伐採跡地等に関する報告書を提出し、同出張所係官が現地に臨み右添附の山林図と現地とを調査照合しその結果前記の造林計画を樹立し、次で造林地指定処分をなしたものであること、前記各告示において単に字柳沢九十一番山林と表示した所以は原告が右の報告書に伐採跡地が分筆された数筆に跨つて存在するためこれを一括して元番である字柳沢九十一番山林と記載提出したことによることが認められる。右認定を覆すに足る何等の証拠がない。右によれば被告のなした前記造林計画並びに造林地の指定及びその後の取消処分はいずれも本件山林を対象として行われたものであることが明かであつて、不存在の土地を対象としたものでないことは勿論その位置範囲も不特定であるとはいい難く、従つて被告のこの点に関する主張は理由がない。又、被告は右公示を以てしては本件山林に対する公示としての効力が生じない旨主張するが、各告示中の所有者の氏名、並びに伐採跡地を対象とする旨の記載とを併せ考えると別人でも本件山林に対するそれと推知し得ない訳ではないから右程度の表示を以てしても本件山林に対する公示としての効力を有するものと解するを相当とすべく、従つて被告の右主張も採用しない。

よつて進んで被告のなした前記取消処分の当否について案ずるに前記甲第一ないし第四号証(特に同各号証中甲区欄四番の記載)及び成立に争のない甲第九号証同乙第二号証の一、二に証人佐藤輝房の証言を綜合すると、本件山林を包含する前記山林四筆は前所有者上北農林株式会社の所有当時の昭和二十九年一月二十六日被告知事は同県告示第五十六号を以て農地法に基く未墾地買収予定地として指定した土地であつて、当初買収期日を同年七月一日と定めて買収処分をなし同会社に宛て買収令書を発したが同会社においてその受領を拒絶したため交付に代る告示をしたけれども買収期日までに対価を供託しなかつたため右の買収処分は失効し、更に買収期日を同年十一月一日と定めて買収処分をなし、再度同会社に宛て買収令書を発したが、当時既に右四筆の山林は同会社から原告に売渡しその旨所有権移転登記がなされていることが判明したので被告は昭和三十年一月二十八日この買収処分を取消したことが認められる。この認定を覆すに足る証拠は存しない。右によれば再度に亘る買収処分はいずれもその目的を達するに至らなかつたが右山林に対する未墾地買収予定地としての指定の効力は依然として存続しているものといわなければならない。原告は右買収処分の取消によつて買収予定地としての指定の効力が消滅したものの如く主張するけれども買収処分の取消によりこれと全然別個の行政処分である指定の効力まで当然に消滅するいわれがなく、従つて原告の右主張は採用の限りでない。

そうだとすれば前記被告のなした造林計画ないし造林地の指定は共に農地法の適用継続中の山林について行われたものであることが明白であり被告の右造林地指定処分は造林臨時措置法第六条の禁止規定に抵触する違法の処分でありこれを取消した被告の前記告示第七百三十五号による取消処分は適法のものといわなければならない(尤も成立に争のない乙第一号証の一、二によれば被告は昭和三十年二月五日同県告示第九十六号を以て重ねて前記山林四筆に対し未墾地買収予定地の指定をしたことが認められるが前段認定の如く同山林については既に全く同一の未墾地買収予定地としての指定が有効に存在するのであるからこれと重複した後の未墾地買収予定地の指定は無効のものと解すべく、仮に然らずとするも前記買収手続の経過に徴しさきの指定の効力を失わしめる趣旨とは認め難く、しかも本件造林地指定はその後の同年三月二十六日なされたものであるから結局農地法の適用継続中の土地に対し前段の禁止規定に違反して行われたものというべく結局右の事実は前記判断を左右するものでない。)。

よつて叙上被告のなした造林地指定の取消処分の取消を求める原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 高瀬秀雄)

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